画題は、厳冬の托鉢行~行きつ戻りつ~
修行寺で行う僧の托鉢行です。極寒の雪の行は厳しく、山越えは究極過酷です。
禅語=逢花打花(はなにあえばはなをたす)
現代意訳
打つは、打ち付ける打つではなく、打つは「たす」と言う
物事にしっかり向き合う事をさします。
花を見ればその花を一心に鑑賞しなさい。と言う意味です。
現代の社会生活では、常に周りに気を配り、効率良く、
二つ三つの事を同時に処理するのが良しとしております。
それでは集中力が散漫になり、不安、悩み、考え事の、雑念に囚われて、
うわのそらでは
相手の事や物事の本質も、ましてや真理を求める状況になっていません。
どんな修行でも、特に過酷な托鉢行では、何とか逃げられる方法がないか?
楽になる方法は無いか? 後どれだけ我慢をしていればいいのか?
この段階では必ず挫折します。
その意識を乘り越えて、意識を集中させ一瞬一瞬そのことになり切らないと達成出来ません。
雪に負けそうなら雪になり切れ、寒さ、熱さ、になり切れ、
公案を解くには公案になり切らないとまず解けません。
今の一瞬を大事にすれば生活が盤石になり、愛しいものに変わります。
関連YouTube動画
同意味過去ブロブ
新独坐法坐主=現代禅画画家 芝暗生