今回は画題を川のながれ とし、
禅の本質を問う方丈記の無常の理を彷彿とさせてます。
ゆく川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず よどみに浮かぶ うたかたは かつ消えかつ結びて 久しくとどまりたるためし無し 世の中にある人とすみかと またかくのごとし。。。。
方丈記前文
現代意訳
川の流れ(人生)は絶える事は無く流れ、それでいてその水は刻々と移り、元の水はそこには、無い。
淀んでいる所に浮かぶ水の泡は消えたかと思うと、一方で又出来て、元のままの状態で留まらない。
生まれた人もその住まいも、昔の元のまま残ってる事は無い。
朝死ぬ人もあり、夕方に生まれる人がいる。この理(ことわり)は水の泡と同じである。
人(何代か後)と住まいどちらが先に滅びるか、いずれ、どちらも永遠に残る事は無い。
禅の本質、諸行無常と同じである。
今抱えている耐えがたい絶望的な悩み、不安、恐怖なども、
とどまらず、良くも悪くも絶えず変化していく泡のようなものだと捉え、
焦って呑み込まれてしまわない事です。
時期を待つしかありません。いつしか穏やかな流れに変わり。
又急流になり繰り返し
最後には海に回帰する。無常の人生を、人は寿命の限り生きて行きます。
生かされて生きる のです。
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