禅の教え

最低限これだけでやっていける、を押さえておこう!

禅語に漁夫生涯竹一竿(ぎょふのしょうがいたけいっかん) 漁師は釣り竿あれば充分で生計が立てられる との意味、今は網や船、魚探、等もちろん、揃えないといけません。お金がかかります。しかしこの言葉をしっかり肝に命じておけば、同業同志の過剰な競争や無理な投資を抑え、際限ない欲による事故や心の疲弊は避けられます。  

欲望をそそる商品の広告、甘い財テクの誘い、みんな心の欲望の隙を狙ってきています。

楽して、そして限りなく贅沢したい、自分に無いもの、持たない物を手に入れ納得するまで執着します。いくらでも欲しい。一度贅沢に馴れると、好調から一転、貧困に陥った時の生活に耐えられるはずがありません。 

自分が生計立てられる最低限を知って、いざという時の備えがあれば苦難は必ず乗り越えられます。生計を立てられる最低限のものが揃っていれば、無理をしなくても他に何もいらないと言う覚悟の境地になれるからです。

山僧活計茶三畝(さんそうがかっけいちゃさんぽ)坊さんは小さな畑あれば生涯暮らしていけると言う禅語もあります。同じ意味でつかわれてます。修行僧は何にも持ってません清貧です。

今眠ってる持ち物がどれだけ多いのか、いらないものを総点検して、これからは無駄なものは欲しがらない、家族にも与えない、一点豪華主義の生き方に慣れて見たらどうでしょうか?

求道家  芝暗生

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